2012年05月14日 (月)
昨日とはうってかわって朝から青空。今日は、本来の目的であるハーフマラソンを走ってきました。
仙台国際ハーフマラソンは今回が22回目。これまでは「速い人」が走る大会だったのですが、今回からは私のようななんちゃってランナーも走れる大会にリニューアルされました。制限時間は2時間30分。
スタート・ゴール会場は仙台市陸上競技場。隣には楽天のホームスタジアムがあります。宮城野原駅は、楽天一色。
指定のスタートレーンに向かって歩いていくと、むすび丸が!(嬉)
会えたーー。会いたかったんだよーー。

やった!ツーショット写真、ゲット。
この先のツラさはすっかり忘れて、テンションあがりまくりでした。
10時5分スタート。コースはほぼ平坦で、坂道嫌いの私向き(笑) 暑かったけれど、定禅寺通りや青葉通りはまさに杜の都、木々の下を走るのは気持ち良かったです。タイムは2時間6分ぐらいかな。途中、藤原新選手たちとすれ違うこともできたし、ゴール直前ではゲストの高橋Qちゃんとハイタッチもできたし、タイムは良くなかったですが、楽しめました。でも、もうちょっと練習しないとなー。
結果の速報は、こちらから見られます。
その後は、観光後半戦、大崎八幡宮へ。


桃山建築、国宝です。こちらは7年前にも来たのですが、その時はまだ神社のご朱印を集めていなかったので、今回、ご朱印をいただきたいということもあって再訪しました。いやー、ほれぼれするほどの美しさ、改めて感じ入りました。
あと1ヵ所、行きたいところがあったので街中に戻り、アーケード街のクリスロードへ。笹かま屋さんに寄り道。物色していると、笹かまを焼いているお客さんが目に入りました。友人と「焼こう!」と意見一致。1本200円。

焼きたてのアツアツを食べるのはおいしいですねぇ。
そして、最後の目的地、三瀧山不動院へ。こちらには、仙台の商売繁盛の神様、仙臺四郎がまつられています。アーケード街にあるちょっと不思議な感じのするお寺です。

もちろん四郎グッズも買ってきましたよ(笑) 職場に飾ります。商売繁盛間違いなし!
駅に戻って、ずんだシェイクを飲んで、お寿司を食べて、お土産買って、はやてに乗って帰ってきました。
むすび丸、伊達武将隊、仙臺四郎、会いたかった人(?)には全て会うことができました。
大会に申し込んだのはもう半年くらい前のことで、京都マラソンでやや燃え尽きちゃった感があり、あまり練習できなくてやや不安だったのですが、そんなことは吹き飛んじゃってました。行って良かった(^^)
仙台国際ハーフマラソンは今回が22回目。これまでは「速い人」が走る大会だったのですが、今回からは私のようななんちゃってランナーも走れる大会にリニューアルされました。制限時間は2時間30分。
スタート・ゴール会場は仙台市陸上競技場。隣には楽天のホームスタジアムがあります。宮城野原駅は、楽天一色。
指定のスタートレーンに向かって歩いていくと、むすび丸が!(嬉)
会えたーー。会いたかったんだよーー。

やった!ツーショット写真、ゲット。
この先のツラさはすっかり忘れて、テンションあがりまくりでした。
10時5分スタート。コースはほぼ平坦で、坂道嫌いの私向き(笑) 暑かったけれど、定禅寺通りや青葉通りはまさに杜の都、木々の下を走るのは気持ち良かったです。タイムは2時間6分ぐらいかな。途中、藤原新選手たちとすれ違うこともできたし、ゴール直前ではゲストの高橋Qちゃんとハイタッチもできたし、タイムは良くなかったですが、楽しめました。でも、もうちょっと練習しないとなー。
結果の速報は、こちらから見られます。
その後は、観光後半戦、大崎八幡宮へ。


桃山建築、国宝です。こちらは7年前にも来たのですが、その時はまだ神社のご朱印を集めていなかったので、今回、ご朱印をいただきたいということもあって再訪しました。いやー、ほれぼれするほどの美しさ、改めて感じ入りました。
あと1ヵ所、行きたいところがあったので街中に戻り、アーケード街のクリスロードへ。笹かま屋さんに寄り道。物色していると、笹かまを焼いているお客さんが目に入りました。友人と「焼こう!」と意見一致。1本200円。

焼きたてのアツアツを食べるのはおいしいですねぇ。
そして、最後の目的地、三瀧山不動院へ。こちらには、仙台の商売繁盛の神様、仙臺四郎がまつられています。アーケード街にあるちょっと不思議な感じのするお寺です。

もちろん四郎グッズも買ってきましたよ(笑) 職場に飾ります。商売繁盛間違いなし!
駅に戻って、ずんだシェイクを飲んで、お寿司を食べて、お土産買って、はやてに乗って帰ってきました。
むすび丸、伊達武将隊、仙臺四郎、会いたかった人(?)には全て会うことができました。
大会に申し込んだのはもう半年くらい前のことで、京都マラソンでやや燃え尽きちゃった感があり、あまり練習できなくてやや不安だったのですが、そんなことは吹き飛んじゃってました。行って良かった(^^)
2012年05月14日 (月)
昨日・今日と友人と仙台に行ってきました。仙台は7年ぶりです。目的は、今日の仙台国際ハーフマラソンへの参加…ではありますが、もちろん観光も楽しんでまいりました。
昨日は、はやてに乗って11時半過ぎに仙台着。さっそく市内をぐるっと巡るバス、るーぷるに乗って、伊達政宗公の廟所・瑞鳳殿へ。前回(2005年)に来た時には、朝のお散歩で行ってみたのですが、当然拝観時間前で中に入ることはできなかったのです(当時の日記)。お掃除のおじさんのご好意で、脇のほうから門を覗き見ただけ。門の中には、目にも鮮やかなきらびやかな建物がありました。

第二次大戦で焼失後、1979年に再建されたものです。
境内には、2代忠宗公の廟所と3代綱宗公の廟所もあります。手前が2代。

だんだんと装飾が控えめになってきます。やはりご先祖以上の廟所を建築することは憚られたのでしょうか。4代以降、廟建築はなくなります。
るーぷるに乗って、次は仙台城跡へ。バス停では、伊達武将隊の方々が出迎えてくれました。隠密さんと、くの一さんと、足軽さんの3名。彼らに従って政宗公像まで行き、仙台城の歴史を案内していただきました。そして、お約束(?)の撮影ターイム。「ずんだもちー」で、パシャリ。

あたりをウロウロとしていると、太鼓の音とともににぎにぎしく殿さま登場!うわーい。

観光前半は、ここまで。るーぷるに乗ろうとバス停に行ったのですが、待てどくらせどやって来ない。20分間隔で運行しているはずなのに全然来ません。風は強いし寒いし、でも他に帰る手段はないし。40分ぐらい待ったのかな? ようやく乗ったるーぷるの運転手さんの話で、なんでバスが遅れたのか、理由がわかりました。天皇・皇后両陛下が仙台にいらっしゃって、交通が規制され、動けなかったのだそうです。それじゃぁしょうがないですね。
仙台市役所前でるーぷるを降り、選手受付をして参加賞をもらい、エキスポ会場をちょっと見て、屋台がたくさん出ていたので一杯やりたかったところでしたが寒くて寒くて、とても飲む気になれず早々に退散して、宿に向かったのでした。
昨日は、はやてに乗って11時半過ぎに仙台着。さっそく市内をぐるっと巡るバス、るーぷるに乗って、伊達政宗公の廟所・瑞鳳殿へ。前回(2005年)に来た時には、朝のお散歩で行ってみたのですが、当然拝観時間前で中に入ることはできなかったのです(当時の日記)。お掃除のおじさんのご好意で、脇のほうから門を覗き見ただけ。門の中には、目にも鮮やかなきらびやかな建物がありました。

第二次大戦で焼失後、1979年に再建されたものです。
境内には、2代忠宗公の廟所と3代綱宗公の廟所もあります。手前が2代。

だんだんと装飾が控えめになってきます。やはりご先祖以上の廟所を建築することは憚られたのでしょうか。4代以降、廟建築はなくなります。
るーぷるに乗って、次は仙台城跡へ。バス停では、伊達武将隊の方々が出迎えてくれました。隠密さんと、くの一さんと、足軽さんの3名。彼らに従って政宗公像まで行き、仙台城の歴史を案内していただきました。そして、お約束(?)の撮影ターイム。「ずんだもちー」で、パシャリ。

あたりをウロウロとしていると、太鼓の音とともににぎにぎしく殿さま登場!うわーい。

観光前半は、ここまで。るーぷるに乗ろうとバス停に行ったのですが、待てどくらせどやって来ない。20分間隔で運行しているはずなのに全然来ません。風は強いし寒いし、でも他に帰る手段はないし。40分ぐらい待ったのかな? ようやく乗ったるーぷるの運転手さんの話で、なんでバスが遅れたのか、理由がわかりました。天皇・皇后両陛下が仙台にいらっしゃって、交通が規制され、動けなかったのだそうです。それじゃぁしょうがないですね。
仙台市役所前でるーぷるを降り、選手受付をして参加賞をもらい、エキスポ会場をちょっと見て、屋台がたくさん出ていたので一杯やりたかったところでしたが寒くて寒くて、とても飲む気になれず早々に退散して、宿に向かったのでした。
2012年05月05日 (土)
連休後半、家にじっとしているつもりでしたが、伯父が近々入院するのでその前に顔を見に来いとの従姉妹からの指令により、昨日・今日と宇都宮に行ってきました。昨日の午後お宅を訪ねると、伯父はいたって元気。カテーテルによる手術の予定なのですが、今は痛くも痒くもないので、どこ吹く風のご様子。伯父と、数年ぶりに会ったその息子の大放談にしばし付き合って、任務終了。あれだけ元気ならば、とりあえず大丈夫でしょう。
昨日からずっと雨。それもかなり酷い降りよう。こうなったら華厳の滝にでも行って、どんな具合になっているか見てこようか?なんて話もあったのですが、例によって朝起きられず。おまけに今朝も雨が降っていて、それならばと、まだ私が行ったことがない、なか川水遊園に行ってきました。従姉妹と、よくウチに遊びに来るMちゃん、その息子、従姉妹のもう一人の孫、そして私の総勢5人。
水遊園までの道すがら、「もしかして、水遊園のあるのは湯津上のあたり? だったら、那須国造碑が見たい!」という私の希望で、先に県立なす風土記の丘資料館へ。受付の人に尋ねてみると、国造碑は神社のご神体になっていて、もう一つの資料館のほうにレプリカがあるとのこと。それではと、そちらの資料館に移動。でも、館内は撮影禁止。残念。レプリカなのだから、写させてくれても良さそうなものなのに…と個人的には思います。
那須国造碑は、奈良時代より前のふる~い石碑であるということは承知していましたが、その発見に水戸光圀が関わっていたことを、今回初めて知りました。1678年、磐城の僧・円順が発見し、それを馬頭(当時は水戸領)の庄屋・大金重貞に報告。重貞がこれを「那須記」に記し、光圀に「那須記」を献上したことにより、光圀が保護を命じたのだそうです。さらに、光圀は近くの古墳が石碑の主に関係する墓ではないかと考え、介さん(佐々介三郎)と重貞に発掘調査を命じます。これが日本で最初の本格的な発掘調査になるのだということです。
へぇ~、へぇ~、へぇ~。面白い。
なか川水遊園は、川魚がメインの水族館。規模はさほど大きくありませんが、ピラルクーが悠々と泳いでいる姿を見ることができたり、ザリガニなんかに直接さわってみることができたりと、子どもと一緒に遊ぶにはなかなか良いところでした。水族館だけでなく、まわりには池があり、芝生の広場があり、お天気さえ良ければ、子供は一日遊んでいられるのではないかな?
ピラルクー。

こちらは、カピバラさん。時折、耳をぴろぴろぴろっとさせながら、お昼寝中でした。かわいい♪

水遊園の駐車場にあった地図を見て、新たに行きたい場所はっけーん。いや、それほど大袈裟なものではなく、道の駅に那須与一像があるらしいので(笑)道の駅那須与一の郷まで行ってもらうことにしました。
なかなか精悍な若武者ぶり。これが見たくて行ったわけです。あは~。

建物の屋根は扇の形をしています。

道の駅のすぐ裏が那須神社。
仁徳天皇のころ、下野国造奈良別命により祠を築いたのが始まりと言われ、その後、坂上田村麻呂が蝦夷討伐の時に詣でて八幡宮とし、源頼義・義家、三浦義澄、那須与一らも祈願した歴史ある神社です。



お天気はイマイチでしたが、思いがけず楽しい那須(行政区域名でいうと大田原市)遊覧となりました。この一帯にはまだまだ史跡・遺跡がたくさんあるようなので、いずれまた行きたいな~。温泉にも入れれば、言うことなしだわ。
昨日からずっと雨。それもかなり酷い降りよう。こうなったら華厳の滝にでも行って、どんな具合になっているか見てこようか?なんて話もあったのですが、例によって朝起きられず。おまけに今朝も雨が降っていて、それならばと、まだ私が行ったことがない、なか川水遊園に行ってきました。従姉妹と、よくウチに遊びに来るMちゃん、その息子、従姉妹のもう一人の孫、そして私の総勢5人。
水遊園までの道すがら、「もしかして、水遊園のあるのは湯津上のあたり? だったら、那須国造碑が見たい!」という私の希望で、先に県立なす風土記の丘資料館へ。受付の人に尋ねてみると、国造碑は神社のご神体になっていて、もう一つの資料館のほうにレプリカがあるとのこと。それではと、そちらの資料館に移動。でも、館内は撮影禁止。残念。レプリカなのだから、写させてくれても良さそうなものなのに…と個人的には思います。
那須国造碑は、奈良時代より前のふる~い石碑であるということは承知していましたが、その発見に水戸光圀が関わっていたことを、今回初めて知りました。1678年、磐城の僧・円順が発見し、それを馬頭(当時は水戸領)の庄屋・大金重貞に報告。重貞がこれを「那須記」に記し、光圀に「那須記」を献上したことにより、光圀が保護を命じたのだそうです。さらに、光圀は近くの古墳が石碑の主に関係する墓ではないかと考え、介さん(佐々介三郎)と重貞に発掘調査を命じます。これが日本で最初の本格的な発掘調査になるのだということです。
へぇ~、へぇ~、へぇ~。面白い。
なか川水遊園は、川魚がメインの水族館。規模はさほど大きくありませんが、ピラルクーが悠々と泳いでいる姿を見ることができたり、ザリガニなんかに直接さわってみることができたりと、子どもと一緒に遊ぶにはなかなか良いところでした。水族館だけでなく、まわりには池があり、芝生の広場があり、お天気さえ良ければ、子供は一日遊んでいられるのではないかな?
ピラルクー。

こちらは、カピバラさん。時折、耳をぴろぴろぴろっとさせながら、お昼寝中でした。かわいい♪

水遊園の駐車場にあった地図を見て、新たに行きたい場所はっけーん。いや、それほど大袈裟なものではなく、道の駅に那須与一像があるらしいので(笑)道の駅那須与一の郷まで行ってもらうことにしました。
なかなか精悍な若武者ぶり。これが見たくて行ったわけです。あは~。

建物の屋根は扇の形をしています。

道の駅のすぐ裏が那須神社。
仁徳天皇のころ、下野国造奈良別命により祠を築いたのが始まりと言われ、その後、坂上田村麻呂が蝦夷討伐の時に詣でて八幡宮とし、源頼義・義家、三浦義澄、那須与一らも祈願した歴史ある神社です。



お天気はイマイチでしたが、思いがけず楽しい那須(行政区域名でいうと大田原市)遊覧となりました。この一帯にはまだまだ史跡・遺跡がたくさんあるようなので、いずれまた行きたいな~。温泉にも入れれば、言うことなしだわ。
2012年04月29日 (日)
大型連休初日の昨日は、東京国立博物館へ。特別展「ボストン美術館 日本美術の至宝」を見に行ってきました。集ったメンバーは、京都つながりの方々。中には先週、京都でお会いしたばかりの方も数名(笑)
待ち合わせは2時だったのですが、ちょっと早めに行って先に一人のんびりと音声ガイドを聞きながら見学。思ったよりは混雑していなくて、どの作品もじっくりと見て回ることができました。

今回、この展覧会に行くにあたり、ずっと前にもボストン美術館展はあったぞ、「平治物語絵巻」はその時見たぞ、と物置部屋を探ってみれば、ありました。昭和58年の「ボストン美術館所蔵 日本絵画名品展」の図録。

チケットまではさまってました。当時の入場料、一般900円也。
今回の出品作品(絵画)と照合してみたところ(←ヒマ人)、33作品が昭和58年の展覧会でも出品されているものでした。が、今となっては「平治物語絵巻」しか記憶に残ってはいません。大好きな若冲のオウムも出品されていたというのに、まるで覚えていません。まぁ、そんなものよね。おかげで、すべてを新鮮な気持ちで見ることができました。「吉備大臣入唐絵巻」だけは一昨年、奈良博で見たばかりでしたので、さすがに記憶は残っておりましたけれど。
気になったのは「松に麝香猫図屏風」。小さくて真っ白な子猫と堂々とした三毛の雌猫が描かれているのですが、どちらも毛並がふわふわ。雌猫の視線の先には雄猫がいて、それはサントリー美術館にある対となる屏風に描かれているのだそうです。いつか見てみたいものです。ところで、麝香猫ってどんな匂いがするの?
「平治物語絵巻」は東博所蔵の「六波羅行幸巻」が本館に展示されていましたので、そちらも見てきました。
その後は、日も高いうちから飲み、さらに歌ったことは言うまでもありません。
現存している「平治物語絵巻」3巻のうち2つを見たので、やっぱりもう一つが見たいと、今日は静嘉堂文庫美術館「東洋絵画の精華」展に行ってきました。こちらは巻き替えがあるので、見ることができたのは「信西巻」の2段・3段。信西が自害して、その後首を切られ、信頼らによる首実験が行われるというところまでで、けっこう生々しいシーンが続きます。
静嘉堂には初めて行ったのですが、世田谷の住宅街にこれほどうっそうとした森が残されているとは全く知りませんでした。この道をのぼった先が美術館。

静嘉堂文庫

静嘉堂は、三菱の2代社長・岩崎彌之助と4代社長・小彌太の父子によって設立されたもの。美術館の左手奥には、岩崎家の廟があります。

昨日見た絵巻の轟々と燃え盛る炎や、今日見た首の切断、大河ではどんなふうになるのでしょう。まだ保元の乱にも至っていないけれど、平治の乱が今から楽しみです。
待ち合わせは2時だったのですが、ちょっと早めに行って先に一人のんびりと音声ガイドを聞きながら見学。思ったよりは混雑していなくて、どの作品もじっくりと見て回ることができました。

今回、この展覧会に行くにあたり、ずっと前にもボストン美術館展はあったぞ、「平治物語絵巻」はその時見たぞ、と物置部屋を探ってみれば、ありました。昭和58年の「ボストン美術館所蔵 日本絵画名品展」の図録。

チケットまではさまってました。当時の入場料、一般900円也。
今回の出品作品(絵画)と照合してみたところ(←ヒマ人)、33作品が昭和58年の展覧会でも出品されているものでした。が、今となっては「平治物語絵巻」しか記憶に残ってはいません。大好きな若冲のオウムも出品されていたというのに、まるで覚えていません。まぁ、そんなものよね。おかげで、すべてを新鮮な気持ちで見ることができました。「吉備大臣入唐絵巻」だけは一昨年、奈良博で見たばかりでしたので、さすがに記憶は残っておりましたけれど。
気になったのは「松に麝香猫図屏風」。小さくて真っ白な子猫と堂々とした三毛の雌猫が描かれているのですが、どちらも毛並がふわふわ。雌猫の視線の先には雄猫がいて、それはサントリー美術館にある対となる屏風に描かれているのだそうです。いつか見てみたいものです。ところで、麝香猫ってどんな匂いがするの?
「平治物語絵巻」は東博所蔵の「六波羅行幸巻」が本館に展示されていましたので、そちらも見てきました。
その後は、日も高いうちから飲み、さらに歌ったことは言うまでもありません。
現存している「平治物語絵巻」3巻のうち2つを見たので、やっぱりもう一つが見たいと、今日は静嘉堂文庫美術館「東洋絵画の精華」展に行ってきました。こちらは巻き替えがあるので、見ることができたのは「信西巻」の2段・3段。信西が自害して、その後首を切られ、信頼らによる首実験が行われるというところまでで、けっこう生々しいシーンが続きます。
静嘉堂には初めて行ったのですが、世田谷の住宅街にこれほどうっそうとした森が残されているとは全く知りませんでした。この道をのぼった先が美術館。

静嘉堂文庫

静嘉堂は、三菱の2代社長・岩崎彌之助と4代社長・小彌太の父子によって設立されたもの。美術館の左手奥には、岩崎家の廟があります。

昨日見た絵巻の轟々と燃え盛る炎や、今日見た首の切断、大河ではどんなふうになるのでしょう。まだ保元の乱にも至っていないけれど、平治の乱が今から楽しみです。
2012年04月28日 (土)
奈良行の目的は、翌日の丹生川上神社3社巡りツアーへの参加。せっかく日曜日まで京都にいるのだからと、友人の椿さんからお誘いいただきました。「月曜一日、仕事を休んじゃえ~」と(笑)
宿は、西大寺駅から車で10分ほど行ったところにある奈良パークホテル。連絡すれば、西大寺駅に送迎バスが迎えに来てくれるので、離れていても楽チンです。温泉に入りたいという私の希望で、椿さんが探してくれました。
最近はビジネスホテルでの宿泊ばかりだったので、いわゆる旅館タイプのお宿に泊まるのは久しぶり。広い畳のお部屋というだけで、ウキウキ。
た~っぷりの夕食後は、ホテルのマイクロバスで夜景ツアーに参加。今回初めて知ったのですが、東大寺二月堂は1年365日、毎晩、朝まで明かりが灯されているのだそうです。東大寺の職員さん用(?)の駐車場にバスを停め、運転手さんの案内で静まり返った境内を歩いていくと、丘の上にある二月堂がぽっかりと浮かんだように見えます。
運転手さんはガイド役も兼ねていらっしゃり、途中にある諸堂についてや、お水取りについてなど、とても丁寧に詳しくお話しして下さいました。お堂から見る景色が、これまた素敵! 雨上がりで空気が澄んでいたせいか、ずいぶんと遠くまで見渡すことができました。
夜の二月堂、おススメです。誰もいないので(途中、ウォーキングをされている方に出会ったきりでした)、一人で向かうのはちょっと勇気がいることと思いますが、機会があればぜひ訪ねてみてほしいです。私もまた行きたいな。

翌朝は、たっぷりの朝食後、送迎バスで西大寺駅まで送っていただきました。従業員さんたちは、バスに向かってずっと手を振ってくださって、そんな見送りも久しぶりのことだったので、妙に嬉しく感じました。
西大寺をお参りし近鉄特急に乗って、ツアーの集合場所である橿原神宮へ。青空も見えてきて、暑くなりそうな気配。橿原神宮をお参りするのは初めてのこと。私の母は女学校の修学旅行で行ったことがあると、生前に聞いたことがあります。千葉からお米持参の修学旅行だったそうです。さぞ遠かったことでしょう。

丹生川上神社は吉野の山の中にあるので、まずは先に昼食から。会場に移動し、ツアーの受付のために列に並んでいると、背後からどこかで聞いたことがあるような声が…。思わず振り返ると、そこには京産大の上席研究員のMさんが立っていらっしゃいました。お互いにびっくり仰天。Mさん、今年は発表会に来られないなーと思っていたら、奈良に出没されていました。それにしても、こんなところで会うなんて、不思議です。
ツアーの参加者は50名程。大型バスに乗り込み、まずはいちばん不便なところにある中社へ。どんどん山の中に入っていきます。丹生川上神社は、公共交通機関を使って巡るのは少々難儀な吉野の山の中にあります。それを一度にまとめて巡れるだけでなく、宮司さんによる解説、拝殿にあがっての正式参拝と、それはそれはありがたい企画なのでした。
神社のご由緒については、ざっくり言うと、丹生の地は八百万の神を祀った日本で最初の場所であり、天武天皇の時代に社殿が建立され、その後祈雨・止雨の神として篤い崇敬を受けたが、応仁の乱後に衰退し場所がわからなくなってしまいます。江戸時代以後、その場所を探すことになり、下社・上社・中社の順で、その場所が唱えられたのだそうです。
私のような俗人はこのような話を聞くと、3社は仲が悪いのでは?と思ってしまうのですが(笑) 全くそのようなことはなく、円満なご関係のようです。神様は仲良し!


次は、上社へ。元々、上社が建てられていたところは、大滝ダムの湖底に沈んでしまい、今はダムを見下ろせる小高い丘の上に位置しています。10数年前に建てられた社殿から今だ香る木の匂いに包まれての正式参拝となりました。


最後は、下社へ。ツアーを主催されたのが、この下社の宮司さん。お話好きで、バスの中でも三社のいわれだけでなく、日本人と神様の関わりの歴史や日常の過ごし方まで、時折、神社界(?)のウラ話も交えつつ、いろいろなお話を聞かせていただきました。


宮司さんのお話と、一日に3度もお祓いを受けたことで、身も心もすっかり浄化されました(←ホントか?)
橿原神宮駅でバスを降り、お土産にいただいた柿の葉寿司をほおばりつつ、近鉄特急で京都まで、そして、のぞみくんに乗り換えて新横浜まで。さすがに帰りの新幹線は、私はほとんど寝てました。
さぁ、これで様々なことが一区切りついたような感じです。読みたい本もたまってきているし、見たいDVDも積んであるし、編み物もしたいし、走りたいし…(←相変わらず欲張りですが)何よりも仕事を頑張らなくちゃね。
宿は、西大寺駅から車で10分ほど行ったところにある奈良パークホテル。連絡すれば、西大寺駅に送迎バスが迎えに来てくれるので、離れていても楽チンです。温泉に入りたいという私の希望で、椿さんが探してくれました。
最近はビジネスホテルでの宿泊ばかりだったので、いわゆる旅館タイプのお宿に泊まるのは久しぶり。広い畳のお部屋というだけで、ウキウキ。
た~っぷりの夕食後は、ホテルのマイクロバスで夜景ツアーに参加。今回初めて知ったのですが、東大寺二月堂は1年365日、毎晩、朝まで明かりが灯されているのだそうです。東大寺の職員さん用(?)の駐車場にバスを停め、運転手さんの案内で静まり返った境内を歩いていくと、丘の上にある二月堂がぽっかりと浮かんだように見えます。
運転手さんはガイド役も兼ねていらっしゃり、途中にある諸堂についてや、お水取りについてなど、とても丁寧に詳しくお話しして下さいました。お堂から見る景色が、これまた素敵! 雨上がりで空気が澄んでいたせいか、ずいぶんと遠くまで見渡すことができました。
夜の二月堂、おススメです。誰もいないので(途中、ウォーキングをされている方に出会ったきりでした)、一人で向かうのはちょっと勇気がいることと思いますが、機会があればぜひ訪ねてみてほしいです。私もまた行きたいな。

翌朝は、たっぷりの朝食後、送迎バスで西大寺駅まで送っていただきました。従業員さんたちは、バスに向かってずっと手を振ってくださって、そんな見送りも久しぶりのことだったので、妙に嬉しく感じました。
西大寺をお参りし近鉄特急に乗って、ツアーの集合場所である橿原神宮へ。青空も見えてきて、暑くなりそうな気配。橿原神宮をお参りするのは初めてのこと。私の母は女学校の修学旅行で行ったことがあると、生前に聞いたことがあります。千葉からお米持参の修学旅行だったそうです。さぞ遠かったことでしょう。

丹生川上神社は吉野の山の中にあるので、まずは先に昼食から。会場に移動し、ツアーの受付のために列に並んでいると、背後からどこかで聞いたことがあるような声が…。思わず振り返ると、そこには京産大の上席研究員のMさんが立っていらっしゃいました。お互いにびっくり仰天。Mさん、今年は発表会に来られないなーと思っていたら、奈良に出没されていました。それにしても、こんなところで会うなんて、不思議です。
ツアーの参加者は50名程。大型バスに乗り込み、まずはいちばん不便なところにある中社へ。どんどん山の中に入っていきます。丹生川上神社は、公共交通機関を使って巡るのは少々難儀な吉野の山の中にあります。それを一度にまとめて巡れるだけでなく、宮司さんによる解説、拝殿にあがっての正式参拝と、それはそれはありがたい企画なのでした。
神社のご由緒については、ざっくり言うと、丹生の地は八百万の神を祀った日本で最初の場所であり、天武天皇の時代に社殿が建立され、その後祈雨・止雨の神として篤い崇敬を受けたが、応仁の乱後に衰退し場所がわからなくなってしまいます。江戸時代以後、その場所を探すことになり、下社・上社・中社の順で、その場所が唱えられたのだそうです。
私のような俗人はこのような話を聞くと、3社は仲が悪いのでは?と思ってしまうのですが(笑) 全くそのようなことはなく、円満なご関係のようです。神様は仲良し!


次は、上社へ。元々、上社が建てられていたところは、大滝ダムの湖底に沈んでしまい、今はダムを見下ろせる小高い丘の上に位置しています。10数年前に建てられた社殿から今だ香る木の匂いに包まれての正式参拝となりました。


最後は、下社へ。ツアーを主催されたのが、この下社の宮司さん。お話好きで、バスの中でも三社のいわれだけでなく、日本人と神様の関わりの歴史や日常の過ごし方まで、時折、神社界(?)のウラ話も交えつつ、いろいろなお話を聞かせていただきました。


宮司さんのお話と、一日に3度もお祓いを受けたことで、身も心もすっかり浄化されました(←ホントか?)
橿原神宮駅でバスを降り、お土産にいただいた柿の葉寿司をほおばりつつ、近鉄特急で京都まで、そして、のぞみくんに乗り換えて新横浜まで。さすがに帰りの新幹線は、私はほとんど寝てました。
さぁ、これで様々なことが一区切りついたような感じです。読みたい本もたまってきているし、見たいDVDも積んであるし、編み物もしたいし、走りたいし…(←相変わらず欲張りですが)何よりも仕事を頑張らなくちゃね。



