29,
2008
今日は、朝、東横線の綱島でヤボ用がありまして、それを済ませてから3つのお寺をまわってまいりました。相変わらずの乱れ打ち状態です。
まずは、お隣の大倉山駅から歩いてすぐのところにある12番歓成院。お堂の前の藤棚からは、あま〜い匂いが漂ってきていました。

沿線の白楽駅で再びヤボ用(レンタルボックスに品物を追加)を済ませ、今度は京浜急行で花月園前へ。競輪じゃありませんよ。10番東福寺の最寄り駅なのです。

こちらは真言宗のお寺さんで、ご住職は女性の方でした。失礼ながら、お顔も話し方も、とても可愛らしいおばあちゃん。ご朱印を書いていただいている間にお茶のご接待を受けたのですが、なぜか四国の話になりまして、「これから行くんです」と言ったところ、ニコニコしながら「四国はいいでしょ〜。私もずい分行ったのだけれど、もう行けないわ〜」と。なんでも5回まわられたそうです。37番から歩くと言ったら、「岩本寺さんね。あそこは天井の絵がきれいよね」と。ほとんどのお寺の様子が頭に入っておられるようでした。
お寺に入るときには目に入らなかったのですが、帰りに、門の外に祠があるのに気付き、扉を開けてみたら、奪衣婆が祀られていました。

元文元年(1736年)のもので、祈れば、目・鼻・耳・口の病に効力があるのだそうです。三途の川で出会うのが、こんな婆さんだったら、恐いというより笑っちゃうかも。
東福寺からはバスに乗って11番松蔭寺へ。東福寺も松蔭寺も鶴見区内で、ウチから走って行けるぐらいのところにあるのですが、東福寺から松蔭寺へ走って行くのは、やや大変かな〜という位置関係にあります。行って行けないことはないけれど。

松蔭寺は、バス通りからちょっと奥に入った丘の上にあるお寺さんだったのですが、あたりの景色がすごくのどかで驚きました。畑はあるし、林はあるし、小鳥はさえずっているし。お接待してくださった檀家さんの方も「いいところでしょ〜。来られた方、みんなびっくりするのよ〜」と仰っていました。
歴史も古く、建武元年(1334年)に開かれた臨済宗のお寺です。説明書きによると、『開山は建長寺三十世の仏寿禅師。仏寿禅師は文永10年(1273年)下野国に生まれ高峯顕日仏国国師について出家し、のちに鎌倉の円覚寺・建長寺に歴住したが、この間幽棲の地として寺尾に草庵を結んだのが松蔭寺の始まりといわれる』のだそうです。墓地には、仏寿禅師の遺骨を分骨したというお墓もありました。

これで、私の今回の子歳観音まいりは打ち止めです。結局、33ヵ寺のうち17ヵ寺をまわることができました。半分終了! 続きは12年後になります。その時まで、体力も気力も持ち堪えられているといいのですが・・・。
いただいた御朱印は、こちらをドウゾ♪ ぽちっ
まずは、お隣の大倉山駅から歩いてすぐのところにある12番歓成院。お堂の前の藤棚からは、あま〜い匂いが漂ってきていました。

沿線の白楽駅で再びヤボ用(レンタルボックスに品物を追加)を済ませ、今度は京浜急行で花月園前へ。競輪じゃありませんよ。10番東福寺の最寄り駅なのです。

こちらは真言宗のお寺さんで、ご住職は女性の方でした。失礼ながら、お顔も話し方も、とても可愛らしいおばあちゃん。ご朱印を書いていただいている間にお茶のご接待を受けたのですが、なぜか四国の話になりまして、「これから行くんです」と言ったところ、ニコニコしながら「四国はいいでしょ〜。私もずい分行ったのだけれど、もう行けないわ〜」と。なんでも5回まわられたそうです。37番から歩くと言ったら、「岩本寺さんね。あそこは天井の絵がきれいよね」と。ほとんどのお寺の様子が頭に入っておられるようでした。
お寺に入るときには目に入らなかったのですが、帰りに、門の外に祠があるのに気付き、扉を開けてみたら、奪衣婆が祀られていました。

元文元年(1736年)のもので、祈れば、目・鼻・耳・口の病に効力があるのだそうです。三途の川で出会うのが、こんな婆さんだったら、恐いというより笑っちゃうかも。
東福寺からはバスに乗って11番松蔭寺へ。東福寺も松蔭寺も鶴見区内で、ウチから走って行けるぐらいのところにあるのですが、東福寺から松蔭寺へ走って行くのは、やや大変かな〜という位置関係にあります。行って行けないことはないけれど。

松蔭寺は、バス通りからちょっと奥に入った丘の上にあるお寺さんだったのですが、あたりの景色がすごくのどかで驚きました。畑はあるし、林はあるし、小鳥はさえずっているし。お接待してくださった檀家さんの方も「いいところでしょ〜。来られた方、みんなびっくりするのよ〜」と仰っていました。
歴史も古く、建武元年(1334年)に開かれた臨済宗のお寺です。説明書きによると、『開山は建長寺三十世の仏寿禅師。仏寿禅師は文永10年(1273年)下野国に生まれ高峯顕日仏国国師について出家し、のちに鎌倉の円覚寺・建長寺に歴住したが、この間幽棲の地として寺尾に草庵を結んだのが松蔭寺の始まりといわれる』のだそうです。墓地には、仏寿禅師の遺骨を分骨したというお墓もありました。

これで、私の今回の子歳観音まいりは打ち止めです。結局、33ヵ寺のうち17ヵ寺をまわることができました。半分終了! 続きは12年後になります。その時まで、体力も気力も持ち堪えられているといいのですが・・・。
いただいた御朱印は、こちらをドウゾ♪ ぽちっ
プロフィール


























































