20,
2008
本日はウチから割と近所のお寺、3つだけまわってきました。どれぐらい近所かと言いますと、朝、少し早起きした時などのランニングコース内にあるお寺です。なので、今日はモリモリ歩いた・・・とは言えません(笑)
京急の神奈川駅から、横浜駅方向右手すぐ、国道1号沿いの高台の上にあるのが、7番本覚寺。

今日まわったお寺は3つとも旧東海道にあったお寺で「神奈川宿歴史の道」の案内板が立てられています。それによると、
「本覚寺は、臨済宗の宗祖栄西によって鎌倉時代に草創されたと伝える。・・・開港当時、ハリスは自ら見分け、渡船場に近く、丘陵上にあり、横浜を眼下に望み、さらには湾内を見通すことができる本覚寺をアメリカ領事館に決めたという・・・」
とあります。が、今では遥か先まで埋め立てられ、海は全く見えません。


こちらの観音様は、わずか5センチほどのかわいらしい如意輪観音様でした。
本堂の左脇には、大きな涅槃仏が横たわっていました。

そして、ふと足元を見ると、石の水槽(?)におたまじゃくしがうじゃうじゃ泳いでいました。

お寺の方に「すごいですね!」と声をかけたら、「ペットボトルにでも入れて、いくらでも持って行っていいですよ」と。それはさすがに、遠慮しましたけど。茶色くて、わりと大きなカエルになるそうで、可愛らしいシロモノではないらしいです。ここ、近所に川があるわけではないので、先祖代々、水槽(?)生まれ水槽育ちなのでしょう。
8番宗興寺は鉄筋コンクリートのお寺。

案内板には、
「曹洞宗宗興寺は、「神奈川駅中図会」では権現山の麓に描かれている。開港当時、アメリカ人宣教師で医師であったヘボン博士がここに施療所を開いた。これを記念する石碑が境内にたてられている。・・・」
とあります。

9番慶運寺。通称“浦島寺”。浦島太郎伝説のあるお寺です。

案内板には、
「慶運寺は室町時代に芝増上寺第三世音誉聖観によって建てられた。京の連歌師谷宗牧は、『東国紀行』の天文14年(1544)3月3日の条に「ほどなくかな川につきたり。此処へもこづくへの城主へいひつけられ、旅宿慶運寺にかまへたり」と書いている。開港当初はフランス領事館に使われた。また、浦島寺とも呼ばれている。浦島太郎が竜宮城より持ち帰ったという観音像など浦島伝説にちなむ遺品が伝わっている」
とあります。これが、その観音様。亀に乗っています。

さらに、お墓もあります。

お寺でいただいた「浦島伝説」の説明書によれば、太郎が、両親のお墓の側にお堂を建て、乙姫様から授かった観音像を安置したのがお寺の始まりだそうです。
今日はここまで。これで14ヵ寺となりました。
京急の神奈川駅から、横浜駅方向右手すぐ、国道1号沿いの高台の上にあるのが、7番本覚寺。

今日まわったお寺は3つとも旧東海道にあったお寺で「神奈川宿歴史の道」の案内板が立てられています。それによると、
「本覚寺は、臨済宗の宗祖栄西によって鎌倉時代に草創されたと伝える。・・・開港当時、ハリスは自ら見分け、渡船場に近く、丘陵上にあり、横浜を眼下に望み、さらには湾内を見通すことができる本覚寺をアメリカ領事館に決めたという・・・」
とあります。が、今では遥か先まで埋め立てられ、海は全く見えません。


こちらの観音様は、わずか5センチほどのかわいらしい如意輪観音様でした。
本堂の左脇には、大きな涅槃仏が横たわっていました。

そして、ふと足元を見ると、石の水槽(?)におたまじゃくしがうじゃうじゃ泳いでいました。

お寺の方に「すごいですね!」と声をかけたら、「ペットボトルにでも入れて、いくらでも持って行っていいですよ」と。それはさすがに、遠慮しましたけど。茶色くて、わりと大きなカエルになるそうで、可愛らしいシロモノではないらしいです。ここ、近所に川があるわけではないので、先祖代々、水槽(?)生まれ水槽育ちなのでしょう。
8番宗興寺は鉄筋コンクリートのお寺。

案内板には、
「曹洞宗宗興寺は、「神奈川駅中図会」では権現山の麓に描かれている。開港当時、アメリカ人宣教師で医師であったヘボン博士がここに施療所を開いた。これを記念する石碑が境内にたてられている。・・・」
とあります。

9番慶運寺。通称“浦島寺”。浦島太郎伝説のあるお寺です。

案内板には、
「慶運寺は室町時代に芝増上寺第三世音誉聖観によって建てられた。京の連歌師谷宗牧は、『東国紀行』の天文14年(1544)3月3日の条に「ほどなくかな川につきたり。此処へもこづくへの城主へいひつけられ、旅宿慶運寺にかまへたり」と書いている。開港当初はフランス領事館に使われた。また、浦島寺とも呼ばれている。浦島太郎が竜宮城より持ち帰ったという観音像など浦島伝説にちなむ遺品が伝わっている」
とあります。これが、その観音様。亀に乗っています。

さらに、お墓もあります。

お寺でいただいた「浦島伝説」の説明書によれば、太郎が、両親のお墓の側にお堂を建て、乙姫様から授かった観音像を安置したのがお寺の始まりだそうです。
今日はここまで。これで14ヵ寺となりました。
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